弁明

 シャワーで僕たちの『禊ぎ』は済みましたが、の『疑惑』は払拭される訳も無く、取り調べは続けられました。相変わらず家の中が暑過ぎたので、一番涼しいの贅沢部屋へ場所を移しました。

 「はあ~っ、生き返るみたいねぇ。」

 エアコンの冷気でクールダウンしたのか、はちょっと落ち着いたみたいでした。僕は着替えてTシャツにハーフパンツを履き、ノーブラに、ざっくりとニットのサマーセーターを被りました。

 「『リッちゃん』、これ飲む~?」

 「何よ、これっ? ただの炭酸水じゃないの?」

 「そうだよ~。」

 が自分の冷蔵庫にビッチリ納まってた中から2本取り出して、に1本渡しました。から瓶を受け取りましたが、グチグチと文句を言ってました。


 「この娘は…、ワケの分かんないもんばっか、食べたり、飲んだりしてるんだから…、」

 は、猛暑の熱気の中で『鍋焼きうどん』を食べ、何の味もしない炭酸水を飲んでるバカに呆れて、握った瓶を訝しげににらんでました。でも、ノドの渇きに負けたのか炭酸水を一口飲んでしまいました。

 「…ん? あら、イケるわね?」

 僕には何が美味いのかサッパリでしたが、は瓶をしげしげと眺めると、また口を付けて、立て続けにグビグビとノドを鳴らしました。すると隣からもグビグビと音が響いてきました。

 も炭酸水をノドに流し込んでました。二人は無言でゴクゴク飲み込むと、いっしょに『ゲフッ』とゲップを鳴らしました。

 「…でも、何だか呆気なくて、飲んだ気がしないわ。」

 「じゃあ、もう一本、飲んだら~?」

 「…、飲もうかしら。」

 のベッドに腰掛けると、2本目の炭酸水を受け取りました。僕たちは大人しく雁首並べて、その前に正座しました。

 「何よ、かしこまっちゃって…、気持ち悪いわね。」

 は素直な態度の僕たちを、そ~と~怪しんでいるようでした。『かしこまんなきゃ、それはそれで、怒るくせに…』と思いながら、僕は大人しく座ってました。

 「お母さんが怒ってるんだもん。恐いから、かしこまっちゃうに決まってるじゃな~い。」

 が僕の気持ちを代弁しました。『そうだよ!』と思いながらも、にツッコむに『チャレンジャーだな…』と冷や冷やしてました。

 「やましい事があるから、お母さんが恐いんでしょう?」

 「『裸でゲロ』しただけで、ビンタされるからよ。ね?」

 はさりげなく相槌を求めてきました。僕は緊張からぎこちなく首を『ガクン、カクン』と振ると、は僕たちのやり取りを怪しく思ったのか、ちょっとイラッとしました。

 「『裸でゲロ』は、もういいのっ!」

 お風呂場での『裸でゲロ』を蒸し返されて、は顔をしかめて口を押さえました。僕はデジャヴュを感じて、

 『まっ、まさか!?』

と、焦りました。は目を白黒させながら、また『何か』を戻しそうでした。あたふたしていた僕の前で出したのは、『ゲフ~ッ』とデカいゲップだけでした。

 「おさ~ん、ホントに身体、治ってるの~?」

 「治るも何も、病気じゃないわよ、お母さんは!」

 「『入院して下さい』って、言われたじゃん。」

 「でも、大丈夫なのっ! …アンタっ、あたしを気遣うフリして、話しを逸らすつもりでしょっ!? ごまかされないわよっ!!」

 「何もごまかしてないし~。嘘だって言ってないし~。」

 「…うん、まあ、アンタは嘘つけるほど、頭、回んないからね…。」



 そののセリフを聞いて、『いくら親でも、酷くね?』と僕は思いました。

 確かには嘘をつくほどの、文章構成力は持ち合わせていません。嘘を考える前に口が動いてしまいます。『言いえて妙』と言うか『バカ正直』です。

 だけど相手に解ってもらえるように『説明する能力』が、著しく欠けているので、『嘘』よりもつじつまが合わなかったり、『嘘つき』よりも人を混乱させます。タチが悪いです。



 『…でも、「危なかったね?」って言ってたよな…? ホントに「バカ正直」にしゃべってたのかな?』

 さっきの脱衣所のところで、は『一応』ホントの事だけを言ってました。のらりくらりとの追求をかわし、結果的に最悪のピンチ・『現行犯逮捕』を乗り切りました。

 天然の偶然なのか、必然の当然なのか、普段がバカ過ぎるだけにホントはどっちなのか、僕には区別がつきませんでした。

 『…でも、ホントは「知能犯」だったりして…? ヤバい「〇リ」とかもやってるし…。何か、こえ~~~な、コイツ…』

 ちょっと僕は背筋が寒くなりました。が、の将来像を想像してみて、どう転んでも『とんでもない犯罪者』とか、『ヤバい政治家』になる可能性が有りそうも無かったので、『天然』と言う事にしておこうと思いました。



 「ともゆきっ!?」

 「へっ? あっ、はいっ!」

 「何、ボ~~~ッとしてんの? 相変わらず。」



 僕は、また『相変わらず』と言われて、ガッカリしました。何が『相変わらず』なのかちっとも分かりません。



 「アンタ…、近頃、おかしいわよっ!? お母さんに隠れて悪いコトやってるでしょっ!?」

 と『バカトーーク』を繰り広げてるとラチが開かないと思ったのか、は『落とし易そうな』僕に矛先を変えて突っ込んできました。僕は思い当たる節がアリアリだったので、正座のまま『ビクッ!』と跳び上がりそうになるのを必死でこらえました。

 「ナニかな~?」

 バカが知ってるクセに、ニヤニヤしながら僕の顔を覗き込みました。

 「お母さん、ともゆきと話してんのっ!! 『まさみ』は黙ってなさいっ!」

 クチバシを挟んで茶化そうとするに、は苛立って声を荒げました。僕の空気がヤバくなりかけたところで、が思いも寄らずに食ってかかりました。

 「あ~~~っ! 夕べの今日で、その言い方は酷いんじゃないの~ぉ?」

 「な、何よっ!?」

 「いきなりアタシの携帯に『気分が悪い…』とか掛けてきてさ、勝手に倒れてさ、アタシに介抱させてさ、お父さんに電話させてさ、どんだけ心配したと思ってんの~~~っ!?」

 がハッタリなのかマジなのか、強気に『ドドドッ!』と前に出たので、僕はビックリするやらハラハラするやらで、胃と肛門が『ギュキューン』と痛みだしました。

 「だいたいさ~、アタシがゲロしちゃったのは、お母さんが原因なんだから~。」

 「何、訳の解らない理屈こね出すんだろ、この娘はっ?」

 「…ほら、すぐ怒るんだもん。恐いよね~?」

 「別に怒ってないわよっ!」

 「怒ってるじゃ~ん。倒れてたトコをアタシが~、訳も分かんない不安なままで~、介抱してあげたのに~。」

 「しょうがないでしょう? 具合が悪くなっちゃったんだから…」

 「そんでさ~、病気でもなくて~? 入院騒ぎぃ~? その上、帰って来てビンタだも~ん。お母さん『だけ』がひとりで騒いでるみたいじゃ~ん。おかげでいい迷惑よ~。」

 その『迷惑』の実質的被害者は僕だけです。僕だけ『入院騒ぎ』で閉め出され、僕だけ『往復ビンタ』されたんですから。

 「『迷惑』だなんて、失礼しちゃうわね~。」

 「じゃ何だったんだよ? おかげで僕、帰って来ても家に入れなかったじゃないかっ!!」

 『閉め出された』おかげで犯罪者にされかけた僕は、夕べの恐怖と怒りが込み上げてきて、思わず二人の会話に割り込んでしまいました。勢いで叫んでしまった後で『ヤベッ!』と青ざめました。

 「あらっ? あはは、そうだった~。ともゆきのコト、夕べ忘れてたわ~~~。」

 「笑い事じゃ、済まされないよ…。」

 怪しまれないように言葉を続けて話をつなぎましたが、語尾が震えてかすれてしまいました。情けないです。

 「ゴメン、ゴメン。お母さんね~?、『妊娠』したのよ~。」



 「えっ?」「えっ?」



 僕たちは『キョトン』としての顔を見てました。僕はの言葉が上手く飲み込めず、口をポカンと開けてました。その開いた下アゴが膝まで落っこちて来たのを、外れないようにお腹のトコで抱えて持ってました。



 「お母さんは~、『妊娠』しましたっ!!」



 得意げに微笑むの顔を見上げながら、僕は『えーっ?』と叫んだつもりでしたが、ポッカリ開いた口からは、『スシューッ』と息が漏れただけでした。